1980年代後半から1990代前半にかけて日本の音楽シーンを駆け抜け、ガールズバンドの金字塔を打ち立てた「プリンセスプリンセス」(PRINCESS PRINCESS、通称プリプリ)。「ダイアモンド」や「M」をはじめとする数々のミリオンセラーを生み出し、日本の音楽史にその名を刻みました。解散から年月を経た現在も、彼女たちの楽曲は世代を超えて愛され続けています。
本記事では、プリンセスプリンセスのメンバー5人(岸谷香、中山加奈子、渡辺敦子、富田京子、今野多久郎)のプロフィールや現在の活動、そして伝説の解散から奇跡の再結成に至るまでの歩みを詳しく紐解きます。
プリンセスプリンセスとは?日本音楽史に刻んだ軌跡と伝説のバンド概要

プリンセスプリンセスは、1983年に結成された赤坂小町を前身とし、1986年に改名してメジャーデビューを果たした5人組(当時実質4人の女性メンバー+サポート・スタッフ/パーカッション今野多久郎)のバンドです。当時の女性バンドとしては史上初めて日本武道館公演を成功させ、さらに女性バンド初のオリコンシングル・アルバム同時1位を獲得するなど、数々の前人未到の記録を打ち立てました。
単なる「アイドルのようなガールズバンド」の枠を超え、メンバー全員が作詞・作曲を手がけ、卓越した演奏力と圧倒的なボーカル力でライブハウスからアリーナまでを熱狂の渦に巻き込みました。1996年6月に惜しまれつつ解散しましたが、日本の音楽シーンにおける女性ミュージシャンのあり方を根本から変えたパイオニア的存在として、今なおリスペクトを集めています。
プリンセスプリンセスメンバー5人のプロフィールと現在の活動
プリンセスプリンセスを構成するメンバーたちの素顔、担当パート、そして解散から現在(2026年時点)に至るまでの活動について詳しく見ていきます。
岸谷香(Vo. / G.)
バンドのフロントマンとして圧倒的な歌唱力とキャッチーなメロディメイクでバンドを牽引した中心人物。解散後は「奥居香」名義でのソロ活動を経て、現在は岸谷香として精力的にライブや楽曲提供を行っています。女性シンガーソングライター、そして母親としてのライフスタイルを両立させながら、今なおステージに立ち続けています。
中山加奈子(G.)
バンドの多くの代表曲で作詞を手がけ、ハードロックに裏打ちされた鋭いギターサウンドでプリプリの音楽的骨格を支えたギタリスト。解散後はVooDoo Hawaiiansなどのバンド活動やソロワークのほか、他のアーティストへの歌詞提供や執筆活動など、多方面で表現者としての才能を発揮しています。
渡辺敦子(B.)
バンドのリーダーであり、重厚かつグルーヴィーなベースラインでサウンドの底を支えた要。解散後は音楽プロデューサーや後進の育成、音楽学校での講師・校長を務めるなど、日本の音楽教育やライブシーンの発展に多大な貢献を果たしています。
富田京子(Dr.)
タイトで力強いドラミングでバンドの躍動感を生み出したドラマー。「M」をはじめとする数々の名曲の歌詞も手がけました。解散後はラジオパーソナリティ、タレント、執筆活動など幅広く活動しつつ、音楽活動やイベント出演も継続。明るく親しみやすいキャラクターでファンから愛され続けています。
今野多久郎(Percussion / Support)
初期から事実上のメンバーとして、またパーカッショニスト・マニピュレーターとしてプリプリのサウンドを裏から支え続けたキーパーソン。現在もプロデューサーやミュージシャンとして、数多くのアーティストのレコーディングやライブをサポートしています。
プリンセスプリンセスのメンバー構成と、解散後の主な活動領域をわかりやすく整理しました。
| メンバー名 | 担当パート | 解散後の主な活動・現在の状況 |
|---|---|---|
| 岸谷香(奥居香) | ボーカル / ギター | ソロアーティストとして楽曲制作、全国ライブツアー、他アーティストへの楽曲提供など精力的に活動。 |
| 中山加奈子 | ギター | VooDoo Hawaiians等のバンド活動、作詞家、音楽ライターなど、ロックシーンで多角的に活躍。 |
| 渡辺敦子 | ベース / リーダー | 音楽プロデュース、音楽教育・学校運営、後進の育成や地域文化支援に尽力。 |
| 富田京子 | ドラムス | ラジオパーソナリティ、タレント、執筆、イベント出演など、多方面でメディアに登場。 |
| 今野多久郎 | パーカッション | ライブサポート、レコーディングパーカッショニスト、音楽プロデューサーとして活動。 |
解散から再結成までの経緯:1996年解散から東日本大震災の契機、そして現在
絶頂期の1995年末に解散を発表し、1996年5月の日本武道館公演を最後に惜しまれながら解散したプリンセスプリンセス。メンバー間の不仲ではなく、「自分たちのピークの美しい姿のままで幕を閉じたい」という前向きな決断でした。
解散から16年後の2012年、東日本大震災の被災地支援を目的に「解散から16年、結成25年」の節目として期間限定の再結成を発表。日本中に大きな衝撃と感動を与えました。同年、NHK紅白歌合戦にも出場を果たし、世代を超えた大合唱を生み出しました。この再結成は単なるノスタルジーではなく、大人の女性として円熟味を増した圧倒的なパフォーマンスを見せつけ、ファンに強烈な印象を残しました。
色褪せない名曲の数々:『ダイアモンド』『M』が愛され続ける理由
プリンセスプリンセスの楽曲が今なお日本のスタンダードナンバーとして愛され続けているのには明確な理由があります。中山加奈子が作詞、奥居香が作曲を手がけた『ダイアモンド』は、日本のガールズポップの最高峰として、運動会やCM、カラオケの定番曲として歌い継がれています。
また、富田京子の実体験に基づいた切ない歌詞と、奥居香の叙情的なボーカルが胸を打つバラード『M』は、数多くのアーティストにカバーされるなど、失恋ソングの金字塔となっています。単なる流行歌ではなく、普遍的な青春のきらめきや痛みをリアルな言葉と確かな演奏力で昇華している点が、色褪せない魅力の正体です。
【プリンセスプリンセスメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:プリンセスプリンセスは現在も活動しているのですか?
A1:現在は常時活動しているわけではなく、1996年に解散しています。ただし、2012年の東日本大震災復興支援のための期間限定再結成を経て、メンバーはそれぞれソロの音楽活動やプロデュース業を継続しています。
Q2:メンバーの仲は現在も良いのですか?
A2:解散後もメンバー同士の絆は深く、それぞれの節目や音楽活動の現場でお互いをリスペクトし合う関係性が伝えられています。2012年の再結成も、メンバー全員の強い意志と連帯感によって実現しました。
Q3:代表曲である『ダイアモンド』や『M』を作曲したのは誰ですか?
A3:ボーカルの岸谷香(当時:奥居香)が多くの代表曲の作曲を手がけています。作詞は『ダイアモンド』が中山加奈子、『M』が富田京子が手がけており、メンバーそれぞれの才能が化学反応を起こして名曲が生み出されました。
プリンセスプリンセスは、日本の音楽史において「女性だけのバンドがチャートの頂点に立つ」という道を切り拓いた圧倒的な存在です。解散から数十年が経過した現在でも、メンバー5人がそれぞれの場所で音楽や表現に対する情熱を持ち続け、第一線で歩みを進めています。
彼女たちが残した楽曲や生き様は、現代の若いミュージシャンやファンにとっても大きな指針であり続けており、日本のロック・ポップス史に輝く永遠の金字塔として、これからも語り継がれていくでしょう。